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東北のとある山深く、厳しい冬はとうに過ぎ、登山客の入山をぞくぞく許すようになった7月、人間達が決して足を踏み入れることのない険しい岩場の陰に、一人の女がうつむき加減で立っていた。
突き抜けるような夏の青空の中、女のまわりの一角だけが灰色に包まれている。
ヒュオオオオゥと笛の鳴るような音を立てて一筋の雪の風が通り抜けけていく。
肌が透けるくらいの薄い長襦袢が筋ばった体の線に張り付く。
風に吹き上げられて、顔を隠していた長い前髪の間から、面長の青白い顔がのぞかせる。
一重で切れ長の目をギラリと光らせ、女は上目がちにポツリと呟いた。
「今生もこの時期が来たようだな」
そう言って女は静かにゴツゴツした石が散らばる崖の上を裸足のまま静かに降りていった。
* * * * *
時は同じく夏は7月、ところ変わってこちらは中国の奥深く、水墨画のように、大きな河沿いに立ち並ぶ突き出た山々の中で、際立って険しい一山の頂に一匹の子狐が居た。
くすんだ黄色の毛並みは風で煽られると、よどんだ銀色に変わり、再び皮膚の上に元通り落ち着いた時には金色になっていた。
それからその子狐は、それまで四肢を着けていた岩場の上で、腹から喉までを仰け反らせて、つんざく様に「キャーン」と鳴き声を上げた。
それから後ろの足を大きく蹴り出し一つ下の岩場に飛び移ると、目の覚めるような赤に金の刺繍を施した丈の短いチャイナドレスに身をつつみ、髪の毛をキュっと団子に結いあげた、コロンとした大きな黒い瞳の少女に狐は姿を変えていた。
* * * * *
一ヶ月後、8月、ノルウェー。
スカンジナビア半島の玄関口、首都オスロのガーデモエン空港の到着ロビーに雪女が立っていた。
相も変わらず薄い長襦袢に身を包み、裾は足首の少し上の辺りで乱暴にまつり縫い上げられている。毛羽立った腰紐でしばられた腹回りは、その細さを物語るように肋骨の形がくっきり浮き上がっていた。
裸足のままの右足を一歩踏み出すと、無機質なロビーの床に、ペタッと貼りつく様な音がした。
腰ほどもある湿った長い黒髪を右手の人差指で耳にかけた時、斜め後ろから甲高い若い女の声がした。
「おばさ―――――ん!!」
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