第1章

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黒いベロアに赤い薔薇が鮮やかなカンフー靴をパタパタいわし、人間の娘形をした狐がやってきた。 「遅いぞ、キツネ!」 雪女は振り返りざまに、こめかみに青筋を立てて叫んだ。 「キツネじゃないわよ、おばさん、私は狐狸精!コ・リ・セ・イよ!」 娘は両手を腰にあて、頬を膨らませ唇を突き出しながら、丸い大きな瞳で雪女を睨みつけた。 雪女は、そのいかにも自分が可愛いことを分かっていてやるような演技めいた動作にさらに苛立ちを覚え、娘に顔を近づけて言った。 「はあ?狐狸精?お前は人型に化けた妖狐だろ!」 一瞬ヒュウっと雪女の冷気が顔に当たり、娘の頬の上には雪の粒がいくつか付いたが、狐はそれにひるむことなく、さらに自分から雪女に顔を近づけて言い返した。 「私はただの妖狐じゃないわ!妖狐の中でも取り分け私のように艶めかしく美しい女に化けた狐を狐狸精(こりせい)っていうのよ!!」 「はっ!?美しく化けた狐狸精だと!?狐と狸の精・・・そしたらお前は『キツネ』ではなく『タヌキ』だな!!」 「はあっ!?タヌキ!?」 狐狸精が雪女にさらに顔を近づける。 モヤっとこもった強烈な獣の臭いが鼻の下から奥に上がってきて、繊細な雪女はザザザッと後ろに2・3歩擦るように後ずさりした。 鼻を手の甲で押さえ、咳き込みながら雪女は反撃する。 「だってそうだろう。二の腕も足もパツパツで、チャイナドレスがはち切れそうではないか!でっぷり肥えたタヌキという呼び方がお前には似合いだ!」 それを聞いた狐狸精が、ははーんと頷き、勝ち誇ったように胸を突き出し雪女に言い返した。 「要するに私が羨ましいのね。男はね、これ位グラマラスなのが一番好きなのよ!自分がペチャパイだからってよくもそんな負け惜しみを・・・」 決して平均的な細さとは言えないが、逆に肥満という訳でもなく、ほどよく肉のついた体をくねらせ狐狸精はニヤリと笑う。 太く真っすぐな黒眉、潤沢なまつ毛と潤った瞳の童顔と、目の上で直線に切られたぶ厚い前髪のお陰で、その表情は嫌みたっぷりに見えるどころか、愛らしさを増していた。 しっかり襟を重ねてもまだスカスカの、洗濯板のような胸元を押さえる雪女に対して狐狸精は続けた。 「どうなのよ、雪女のお・ば・さ・ん!」 その言葉に雪女は素早く言い返した。
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