5人が本棚に入れています
本棚に追加
「……掃除人から見ても、『赤』の名を持つ人間は恐怖の対象であるらしい。
……お前にとっての赤谷沙希が、俺にとっての鈴見綾だ」
龍樹が長谷久那を見た時に最初に抱いた感想は、『似ている』という一言だった。
でも今は、それほど自分と沙烏は似ていないと思う。
「後の意味は、自分で考えろ」
龍樹はそう切り捨てると身を翻した。
どんな機材を使っても破れそうにない鋼鉄の扉が、自動で閉まっていく。
水底のような部屋は、沙烏を呑み込んだまま闇に閉ざされた。
「俺はそのことを自覚しているが、あいつはそのことを理解できていない」
赤谷沙希のために全てを投げ打っておきながら、沙烏は結局今でも自分が赤谷沙希に向ける感情が何なのか理解していない。
なぜ赤谷沙希のために全てを捨て、そのことを全く後悔していないのか、沙烏自身は理解できていないのだ。
そのことを、龍樹は哀れに思う。
だが、龍樹が何を思っても現実は変わらないし、何を言っても沙烏は己の不可解な行動を理解することはできないだろう。
国家人口管理局『リコリス』情報処理専門官、沙烏。
偽物の未来視で未来を変え、無自覚の内に愛した少女を救った青年。
「さながら、思い出を闇の中に埋めて、隠しているようだな」
幾重にも設置された扉を抜けて地上に出ると、そこは温室になっていた。
一年中鮮やかな花をつける彼岸花(リコリス)は、掃除人が片付けた死体の傍らに捧げられる。
干渉を拒絶する、彼岸と此岸の境界を示す花。
「せめて『リコリス』の名の下に、闇の中で永久(とわ)に眠れ」
彼岸花の園に独白を溶かして、龍樹は温室を後にした。
水底を闇で閉じ込めた花園は、ただただ無言で花を咲かせるばかりで。
その鮮やかな深紅の花の色は、血と夕焼けの色に似ていた。
《END》
最初のコメントを投稿しよう!