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「沙希の、馬鹿」
夕焼けよりも朱(あか)い筋が宙を舞う。
全力で沙希の体に跳び付いた久那の耳のすぐ隣を、弾丸が通過する。
ほぼゼロ距離の位置から放たれた銃弾は、その衝撃で久那の鼓膜を破いていった。
「俺が未来を変えてやるって、言ったじゃないか」
沙希を抱えたまま久那はフェンスを飛び越え、はるか虚空から身を躍らせた。
眼下には大河。
川に背を向けている沙希には、空を背景にビルの屋上が遠ざかっているように見えるのだろう。
かつて自分が視た通りに。
「俺は、俺を殺しても、沙希を生かしたい」
たとえこの国が、何よりも人の命は軽いと考えていても。
『リコリス』が片付け者リストに沙希の名前を載せようとも。
長谷久那にとって、赤谷沙希の命は何よりも重いものだから。
「だから、未来から、逃げない」
沙希が耳元で何かを叫んでいる。
だが破れた鼓膜は、沙希のやわらかい声を拾ってはくれない。
「沙希の未来を、俺が変えてやる」
背後で火薬が破裂する音が響く。
久那の体を衝撃が襲い、視界が真っ赤に染まり、最後は暗く塗りつぶされた。
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