Lycoris -水底(みなぞこ)に沈めた華-

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「沙希」  久那の足が、沙希の足のすぐ先まで迫る。  沙希が体を引くと、背中がフェンスに当たった。  もう逃げ道なんてないのに、久那は腕を伸ばして沙希の顔の横のフェンスに指を絡ませ、二人の間に残ったわずかな距離までなくしてしまう。  突き離さなくてはならない。  分かっているのに、久那の眼鏡越しに見える瞳が、沙希の最後の逃げ道を潰した。  久那は決して表情を見せない。  嬉しい時も悲しい時も、瞳を揺らすことさえしない。  未来を見知っているから、動かす必要を感じない。  ……そんな久那が、今、瞳を揺らしていた。  苦しそうに、悲しそうに、苛立っているように。  ……初めて、揺れているのを、見た。 「……久那くんに、生きていてほしかったから」  決意が、儚く崩れていく。 「私から離れていてくれれば、生き延びられると思ったから……っ!!」 「沙希」 「私、死ぬの」  涙がとめどなく零れていく。  だけど、その言葉だけは震えることなく沙希の唇から出てきた。 「私は明日、死ぬの。殺されるの」  昔から不思議と、未来を告げる時だけは声が震えなかった。  それがどれだけ残酷な未来を予言する言葉でも。 「私の名前が、『リコリス』の片付け者リストに載ったの。  私は明日の夕方、『リコリス』の掃除人(そうじにん)である遠宮(とおみや)先輩と鈴見(すずみ)先輩によって片付けられる」
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