5人が本棚に入れています
本棚に追加
「沙希」
久那の足が、沙希の足のすぐ先まで迫る。
沙希が体を引くと、背中がフェンスに当たった。
もう逃げ道なんてないのに、久那は腕を伸ばして沙希の顔の横のフェンスに指を絡ませ、二人の間に残ったわずかな距離までなくしてしまう。
突き離さなくてはならない。
分かっているのに、久那の眼鏡越しに見える瞳が、沙希の最後の逃げ道を潰した。
久那は決して表情を見せない。
嬉しい時も悲しい時も、瞳を揺らすことさえしない。
未来を見知っているから、動かす必要を感じない。
……そんな久那が、今、瞳を揺らしていた。
苦しそうに、悲しそうに、苛立っているように。
……初めて、揺れているのを、見た。
「……久那くんに、生きていてほしかったから」
決意が、儚く崩れていく。
「私から離れていてくれれば、生き延びられると思ったから……っ!!」
「沙希」
「私、死ぬの」
涙がとめどなく零れていく。
だけど、その言葉だけは震えることなく沙希の唇から出てきた。
「私は明日、死ぬの。殺されるの」
昔から不思議と、未来を告げる時だけは声が震えなかった。
それがどれだけ残酷な未来を予言する言葉でも。
「私の名前が、『リコリス』の片付け者リストに載ったの。
私は明日の夕方、『リコリス』の掃除人(そうじにん)である遠宮(とおみや)先輩と鈴見(すずみ)先輩によって片付けられる」
最初のコメントを投稿しよう!