Lycoris -水底(みなぞこ)に沈めた華-

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「……それで、どうしてそれが俺を遠ざける理由になるんだ?」 「最後の景色の中に、久那くんもいたの」  沙希の未来視は、外れない。  沙希の未来視は、本物だから。 「私と一緒に、久那くんは落ちていた。  私と一緒に、死のうとしていた」  だというのに久那の声には動揺の欠片もなかった。  その代わりに、沙希の声が揺れた。 「私は、久那くんを、殺したくない。  だから、久那くんを私から引き離したかった。  たとえ私が死ぬという未来が変えられなくても、久那くんは……」  ガシャンッと、唐突に響いた金属音が沙希の声をかき消す。 「諦めないって言ったのは、沙希の方だろう?」  瞼を押し上げると、沙希が恐怖に身をすくませていた。  沙希の顔の横に視線を向けると、沙希が背を預けたフェンスがわずかに形を変えていた。  久那が手を引き抜くと、フェンスは元の姿に戻ろうとわずかに身を軋ませる。  だがどれだけ元に戻ろうとしても、完璧な姿にはもう二度と戻らないだろう。 「なのに、どうして『沙希が死ぬ』という未来を変えるということを諦めているんだ?  冷めた顔をさらす俺の前で、未来は変えられるっていつも孤軍奮闘していたのは、沙希の方だったじゃないか」  そんな沙希の体を、久那は無理矢理引き寄せる。  とっさのことに抵抗できなかった沙希は、足を縺れさせながらも一歩久那の方へ踏み出した。  それを確認した久那は、沙希を引きずるようにして歩きだす。 「俺は、そんな未来、認めない。  沙希を殺させなんかしない。  俺の未来視で否定してやる」  空が、茜色に染まっていく。 「俺は、沙希の死ごと未来を変えることを諦めない。  だから沙希、俺から離れることを諦めろ」  それは同時に沙希が殺される未来がやってくるまでに、あと二十四時間しかないことを久那に突き付けていた。
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