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「殺った」
ケントが静かに呟くと同時、右側の文字列が流れを止める。
「な、何をやったんですか?」
「相手が使った経路を逆に利用して、複数のウィルスを同時にぶち込んだんだ。どれか、もしくは全部がセキュリティをすり抜けて侵食したんだろ。まぁ、非合法なことやってる当然の報いだな」
さも当然のことのように言い放つケントを、ネメシアが信じられないものを見るような目つきで見る。
「……ケント、あなた一体何者なんですか?」
「何って……。夏休み中の普通の工科大生」
「普通の、って……」
「普通だよ。今時、こんくらいできるやつはそこらにゴロゴロしてる」
止まった画面を見つめつつ、冷めたような口調でケントは返した。
ケントは現在の世間一般で「グレイハッカー」と呼ばれる人種である。
自らの技術を使って悪事を働く「ブラックハッカー」ではなく、企業や国家のセキュリティシステムの向上に貢献する「ホワイトハッカー」でもない。
法律違反ギリギリのラインを自由気ままに飛び回り、あっちにフラフラこっちにフラフラ、ネットワークの海を気まぐれに渡り歩く自由人。
一般人と思って手を出せば手酷い返り討ちに遭い、害は無いと無警戒でいればイタズラ感覚でとんでもないことをしでかすという、ブラックにもホワイトにも嫌がられる嫌われ者、それが「グレイハッカー」だ。
グレイの特徴として知られているのは、群れることを嫌うこと。それと、単独でいるのも関わらずとんでもないレベルのテクニックを保有していることだ。
「ま、これで、お相手さんのメモリのデータは全消失。もしも、その前に俺のデータが何処かに送信されていたら、それも追尾して自動で潰す……。ん……?」
平静に解説していたケントは、ディスプレイを見て硬直する。
一度は止まったはずの右側の文字列。それが再び流れ始めていた。得意気に解説していた仕込みは全て、相手に看破され、対処されたらしい。
「……ほら、こんくらい誰にでもできるんだよ」
そう暗く呟きながら、復活した相手を再び沈めるべく、ケントはキーボードの操作を開始する。
コードが打ち込まれ、文字列が沈黙。しかし、間も無く動き始める。
「……イタチごっこだな」
そう呟いたケントは、先ほどまでとは全く違うコードを打ち込む。
すると、文字列が三度目の沈黙を開始した。
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