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海は、神秘に満ちている。
深さまで含めたその広大さは、ちっぽけな人間にとって宇宙にも等しく、また未知も宇宙と同等に存在する。
2038年、アメリカ合衆国の有人深海調査艇「シェルトバイ3036」が、世界一の深さを持つとされるマリアナ海溝を攻略して久しいが、海の持つ神秘は未だ健在だ。
そんな、深く淀んだ闇の中を、全長約150mの巨大な鉄塊が漂っている。
いや、漂っているというのは正しくないだろうか。その後方に取り付けられたスクリューの起こす推進力により、鉄塊はゆっくりと進んでいた。
更にいってしまうと、鉄塊というのも正確ではない。その物体は鉄ではなく炭素繊維強化プラスチック、金属より硬く、溶けず、燃えず、柔軟な素材である「アトカーボンポリベール(ACPB)」で作られているからだ。
物体の名は通称「玄武」。中華人民共和国の誇るドラゴン級有人深海調査艇である。
玄武は数十人の乗組員を乗せ、中国政府の命により、千島・カムチャッカ海溝の、特に水深一万メートル周辺の調査を行っていた。
日本国とロシア連邦が水面下で、北方領土を巡る政的最終決戦を行っている、2045年現在。
つまる所、この海域は日本-ロシア間で非常に緊迫した状況にあるのだ。
そこに何故、当事者でない中国が調査を行っているのか。それを知る者は、政府関係者と乗組員以外に存在しない。
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