三 説明② 見逃した現実

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三 説明② 見逃した現実

 今日、八日、日曜、朝。  昨夜から降っている雨は今朝も降りつづいている。天気予報によれば終日雨。撮影は中止。終日休みだ。  朝食後。  秋山秀一は各チームのプロデューサーとディレクターを、秋山が宿泊している奥山館の客室に集めた。 「皆、今日はゆっくり休んでください。  晴天になっても、良い物が撮れなかったら、徹夜になる可能性もあるからね」  それだけ話して、秋山は打ち合せを終えた。  OfficeMarimuraのディレクターとステージディレクター、秋山事務所ディレクターが客室からでてゆくなか、現場を運営するアドイベント企画のディレクター山田勇作が思いだしたようにふりかえって秋山を見た。 「秋山さん。ステージの確認に行く。秋山さんなりに確認しておく事はないか?」 「そうだな・・・」  秋山はしばらく考えてから、特設野外ステージの基礎部分が増水で破損していないか気になった。 「それなら土台を確認してください。増水が気になるんだ」 「確認するよ。支配人の話では、いつもの雨だから、さほど増水しないといってた」  山田勇作は窓から見える特設野外ステージを指さした。 「では、頼みます」 「はいよ」  秋山の言葉に山田はそう答えて部屋からでていった。はいよ、とはおもしろい言い方だ。方言か?秋山はそう思った。  しばらくすると、青いレインウェアを着た山田勇作が、奥山館の西にある奥山川にかかった国道の吊り橋を渡った。  吊り橋を渡った国道の左側に本流の奥山川がある。ここで奥山川はさらに左側の支流の岩魚川と合流している。国道からも、国道から観光客用の階段を下りた奥山川の川原からも、奥山川対岸にある巨大な柱状節理の岸壁を臨める。この河原に設置された撮影用の特設野外ステージへ行くには河原へ下りて、現場運営スタッフが作った仮設橋を渡らねばならない。  吊り橋の上に傘を差した観光客が何人も奥山川を見ている。対岸の国道にも観光客がいて奥山川の対岸にそびえる巨大な柱状節理の岩壁を見ている。川が増水しているため、国道から河原へ下りる者はいない。  吊り橋を渡った青いレインウェアの山田勇作が、国道から観光客用の階段を河原へ下りた。山田は、『撮影関係者以外の立ち入りを禁ず』の規制線を潜りぬけ、浅瀬に撮影スタッフが作った仮設橋を渡って、特設野外ステージがある河原を歩いた。  特設野外ステージに着いた山田は、鉄骨の手摺りをしっかり握って濡れた鉄骨の階段を慎重に登った。ステージの上は雨に濡れて滑る。山田勇作はステージを慎重にゆっくり歩きまわり、対岸の柱状節理の岸壁を見る位置に立った。河原を見おろしている。  その頃。奥山館の四階客室から、秋山秀一は特設野外ステージを見た。ステージの上を歩きまわる山田勇作を見ながら、秋山は撮影状況を思いだした。  リハーサルで随分多くの画像と映像を撮った。衣装も全てに袖を通した。カブト虫が飛びこんだ映像は使えるだろう・・・。似たような事をドキュメントの連中が話していた。  OfficeMarimuraの連中は、昆虫で衣装が台無しになるとやきもきしていたが、映像としてなら、大型昆虫が飛びかっている方が躍動的だ。モデルが赤みの色彩で隈取り化粧すれば、虫を食らう火食鳥のように見えるかもしれない・・・。  秋山は雨に濡れた特設野外ステージの上を歩きまわる山田を見ながら、昨夕のカブト虫を思いだして苦笑した。秋山は想像の世界に没頭して特設野外ステージから視線を反らした。その時ステージ上で起った十数秒の現実を見逃した。  午後。 「秋山さん。山田勇作を見なかったか?昼飯に来なかったんだ」  秋山秀一の客室をアドイベント企画の現場運営プロデューサー安西肇が訪ねた。 「午前中、現場確認を行ったのは君も知ってるね。戻ってないのか?」  秋山は窓から河原の特設野外ステージを見た。特設野外ステージの上に誰もいない。 「じゃあ、現場だ!」  安西肇はあわてて部屋を飛びだした。  数分後。  秋山の部屋から、吊り橋を渡る安西肇の青いレインウェアが見えた。山田勇作が着ていたレインウェアと同じレインウェアだ。  安西は吊り橋を渡って対岸の国道から河原へ下りた。安西は仮設橋手前の規制線を潜りぬけ、架設橋を渡って河原を特設野外ステージへ歩いている。  安西がステージの向こう側へ歩いた。秋山の部屋から安西の姿が見えなくなった。  それからまもなく、安西から秋山に連絡が入った。 「山田がステージと岩壁の間の河原で死んでる!頭が・・・」  安西は山田勇作の死亡状況を秋山に説明した。
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