死に舞ふ蛾1

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「この山の名にしおふ 葛かずらにて身を縛めて なほ三熱の苦あり――」  三笠の地を踏むなり先生―車田天太―がそう呟いたことを、なぜか思い出していた。あたし―桝葉雪―は人事交流という名目で奈良県警に出向中の身である。 そもそも、なぜ出向候補者名簿にあたしの名が載っていたのかが不思議だ。 いや、邪推かもしれないが思い当たらない節がないわけではない。 あたしの父の枡団蔵は、現役当時は“鬼桝”と呼ばれるほどの刑事だった。 家に帰ることは少なく、寂しい思いはしたが父のことを悪く思ったことはない。 肌は浅黒く、額と眉間にくっきりと入った皺、短く刈った頭髪は、良からぬことを行う者たちに多分に威圧感を与えていたことだと思う。 出世することには興味は無く、引退するまで前線で戦っていた。 そのおかげか、父は同僚からの信頼も厚く、現場で鍛え上げた後輩たち―教え子たち―にも慕われていた。 その教え子たちの中には、今では上層部へ行った人もいるらしい。  そのいわゆる偉くなった教え子の中に、今でも父が交流している守八谷なにがしさんと言う人がいる。 あたしは何だか、その人が今回の出向には関係している気がしてならない。そんなこんなで、あたしは父の背中を追い刑事になった。
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