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案内された廊下は、私が普段目にする病院のそれとは、どこか違っていた。
言うならば、空気が更に重い。
人が圧倒的に少なく、しんとしている。
固い床を歩くコツコツという音がひどく響いている気がして、思わず歩く速度を落としてしまいそうになった。
白い壁に、扉が閉められたいくつもの部屋。
その前には、背もたれのないソファのような黒い長椅子が置かれている。
いくらか歩いた先で、その長椅子の一つに腰掛ける人影を見つけた。
蛍光灯の灯りが白い髪をほのかに浮かび上がらせている。
日焼けした、年齢を考えると驚くほど引き締まった逞しい身体。
でもその身体も、背を丸めるように座っているせいか、妙に小さく見えた。
遠目からも疲労が伝わってきて胸が痛む。
「…もしかして、長居さんか?」
大野くんのつぶやきを、私はうなずいて肯定した。
それと同時に、気配に気づいたのか長居さんが顔を上げる。
私達の姿を見て、心配するような、でも少し安心したような、何とも複雑な顔になった。
「…亜佳梨ちゃん」
長居さんが立ち上がって、私に駆け寄ってくる。
私も、大野くんを追い越すようにして、慌ててそれを迎えた。
「…長居さんっ…」
「亜佳梨ちゃん、大丈夫かい? 怖かっただろう? 辛かったな…」
「い、いえ…その…長居さんこそ…色々とありがとうございます。
あの、おばあちゃんは…」
「ああ…あのな………」
長居さんの言うには、おばあちゃんは心臓発作を起こして倒れてしまったらしい。
確かに、おばあちゃんは数年前から血圧が高めで、定期的に通院して薬を飲んでいた。
今回のハイキングは無理のない範囲での活動だったらしいけど、それでも暑い気候や多少の疲れがたたったのかもしれないと、長居さんは辛そうだった。
現在はまだ治療の最中で、予断は許さない状況らしく
詳しい話は、やはり家族が到着してから…と言われたようだ。
ある程度の覚悟はしていたものの、楽観視出来ない現状に改めてショックを受けた。
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