阪口さんの好きな人

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「…阪口さん?」 大野くんが弾かれたように顔をあげ、私を見た。 「ごめんね、大野くん。…眠っちゃって…」 「…別に。気にすんな。 大丈夫か?」 「…うん。ちょっとスッキリしたみたい…」 そう言いながら身体を起こすと、私の肩からブランケットが滑り落ちた。 寝ている間に、かけてくれていたみたいだ。 気づかなかった。 「…それ。長居さんが借りてきてくれたんだ」 「そうなんだ。…あ、長居さんは?」 「用事があるとかで、いったん家に帰った。でもすぐ戻るって…」 「そっか…。長居さんにもたくさんお世話になっちゃったな…」 「…それは落ち着いてから、ゆっくり礼をすりゃいいだろ。 それより……これも長居さんから…」 大野くんは、目の前にビニール袋をつき出した。 コンビニエンスストアのものだ。 「…パンとか飲み物とか入ってる。そんな気分じゃないかもしれねえけど、食えるなら食っとけってさ。 俺も、…そうした方がいいと思う」 「………」 正直、ものを食べる気なんて起こらない。 コンビニパンの包みを見るだけで、うんざりするくらいだから。 だけど、 長居さんや大野くんの気持ちもよくわかっているつもりだ。 私を心配して、少しでも回復するように思ってくれていることも。 「…うん。じゃあ、ちょっとだけ…」 だから、私は袋から小さなクリームパンを取り出して、一口かじる。 味なんてちっともわからないし、紙粘土でも飲み込んでいる気分だった。 「…うん。おいしい」 でも、嘘でもそう言うと、なんだか本当においしく思えてくる。 また一口。 すると、大野くんがほっとしたように、少しだけ表情を柔らかくした。 …今度は本当に甘く、おいしく感じた。
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