阪口さんの好きな人

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「………先生」 お母さんがすがるようにつぶやいた。 喉がゴクンとなり、唾を嚥下する。 何かに耐えるように唇を噛んでいた。 …こんな不安そうなお母さんの顔、初めてだ。 お父さんが何も言わず私達2人の肩を抱き、支えてくれる。 私はお母さんと一緒に、そんなお父さんに寄り添った。 「……ご家族の方ですね」 お医者さんは短くそう尋ね、お父さんが『はい』と肯定したのを確認してから深くうなずいた。 「もう大丈夫です。処置は全て無事に終わりました。 今は薬で眠っていますが、意識も朝までには戻るでしょう」 「………!」 ほんの数秒、みんなが言葉を失った。 ヒュッと短く息を吸う音だけが響く。 その先生の言葉の意味を噛み締めるような数秒間ののち、お父さんが『ありがとうございます』と頭を下げた。 しっかりした声だったけど、少し泣いているようにも聞こえた。 「ありがとうございます、先生」 「あ、あ、ありがとうございます…」 私とお母さんもお礼を言う。 お辞儀を何度もするうち、『もう大丈夫』という実感が強くわいてきて、また涙がせりあがってきた。 でも、それは今までの涙とは全く違う安堵と喜びの涙。 だから私は流れるままに任せ、声をあげて泣き出した。 涙とともに、本当の意味での緊張が身体から流れて消えていく。 …良かった。 おばあちゃん、助かった。 もう大丈夫なんだ。 本当の本当に、…良かった………。 「……っ、大野くん…!」 安心して気が抜けたと同時に、それまで両親が来てくれ、いっぱいいっぱいになってたことを思い出す。 やだ。 私ったら、大野くんのことをほっておくなんて最低だ。 また自分のことばかりになっていた。 「あれ?」 さっきまで2人で座っていた長椅子。 そこに大野くんの姿はなかった。 ただ、コンビニの袋とブランケットだけが置かれている。
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