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「…花倉先輩!」
そう叫んだあと、阪口さんは慌てて口を押さえた。
病院で出すには大きすぎる声だったと思ったようだ。
実際、その声はフロアによく響き、数人がこちらを向く。
一方、名前を呼ばれた花倉さんは一瞬とても気まずそうな顔をした。
知り合いを見つけてつい声をあげたけど、本当なら気づかれたくなかった……というところかもしれない。
それでも次の瞬間には柔和な笑顔を浮かべ、待ち合いのソファからこちらにやって来た。
「…阪口さん、大野くんも、こんにちは」
「は、はい。こんにちは。
花倉先輩、…あの、…どこか悪いんですか?」
ためらうように阪口さんに尋ねられ、花倉さんはクスッと笑い首を横に振る。
「いや、大丈夫。
以前、ここで簡単な手術をしたことがあって、一応、それからも定期的に診てもらってるんだ。
…でも、もう何も問題はないよ。今も、診察が終わって、精算を待っているところ」
「そうですか…」
阪口さんは、少し複雑な表情でうなずいた。
何を返せばいいか、わからないみたいだった。
花倉さんは軽く話すけど、術後も定期検診が必要ということは、もしかしたら本人が言うほど簡単な手術ではなかったのかもしれない。
でも、それを詮索するのはあまりに無神経だし、花倉さんも触れてほしくないという空気をそこはかとなく漂わせている。
阪口さんもそれを感じているのか、何も言えずに曖昧な笑顔を浮かべたまま黙った。
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