大野くんの失敗

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「あらあら。亜佳梨ちゃん、いらっしゃい。ありがとうね」 ころころ笑う声と、おっとりした話し方。 ベッドの上で半身を起こし、阪口さんのおばあさんが微笑んでいた。 綺麗に結い上げた髪、深く刻まれたシワ、穏やかに光をたたえた瞳。 どことなく阪口さんに似た雰囲気の、優しそうな人。 少し痩せている感じはしたけれど、表情は明るく、確かに元気そうだった。 「おばあちゃん、大野くんがお見舞いに来てくれたよ」 「……っ、…はじめまして、大野です」 阪口さんに紹介され、少し緊張しながらも頭を下げる俺。 おばあさんは『まあまあ!』と、はしゃいだような声をあげた。 「あなたが大野くん? はじめまして。この度は、本当にありがとう。お世話になりました」 「いえ…俺は何も…。 あの、…これ…良かったら…」 花束を差し出すと、おばあさんは更に一段は高い声を出して喜んでくれた。 「あらあら、まあまあ! お花まで。こんな気を使わせて申し訳ないわ。でも嬉しい! ふふ、お花をいただくなんて何年ぶりかしら。 それも、亜佳梨ちゃんのボーイフレンドからなんて」 「…ぼっ…!」 ボーイフレンド? そんな、恐れ多い。 …いや。待てよ。 直訳すると『男友達』だから…。 (…間違っていない) …うん。 変に意識するのはやめよう。 「…いえ。大したもんじゃないんで」 「そう? ありがたくちょうだいするわね。嬉しいわ。 …ね、亜佳梨ちゃん。せっかくだからお花をいけてきてくれる? 花瓶はその棚の上にあるから」 「うん、わかった。 …あ、大野くんは…」 「大野くんは、ばーちゃんとお話しましょう? うふふ、ちょっとだけ付き合ってね」 「…は、はい…」 「……それじゃあ、ごめんね、大野くん。ちょっと待っててね」 阪口さんは花瓶と花束を持って、病室を出ていく。 あっという間に、俺はおばあさんと2人きりになった。
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