大野くんの失敗

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「…………」 何だろう。 おばあさんは『嬉しい』と言ってくれているし これは泣くような話では絶対にないのに …胸がいっぱいで言葉が出てこない。 喉元まで何か熱いものがこみ上げてきたので、俺は歯をくいしばって必死に耐えた。 すると目がじんと痛くなる。 くっ、…とせり上がってきた何かが喉を鳴らす。 たまらなくなって視線を下げた俺を、おばあさんは可笑しそうに笑った。 「…ごめんなさいねー。年寄りはすぐに感傷的な話をしちゃうの。 湿っぽい話は終わりにしましょう。 大野くん、これからも亜佳梨ちゃんのことをよろしくね。仲良くしてあげてね」 「…は、はい…」 かろうじて声を出してうなずく。 その声が少し裏返って、湿り気を帯びていたことは、おばあさんは気づかないふりをしてくれた。 「―――あ、ねえ、大野くん。 話は変わるのだけれど… 大野くん、ここに傷があるのね。大丈夫?」 おばあさんが、すっかり明るく調子の戻った声でそう尋ねてきた。 『ここ』と言い、右目の下を指差している。 俺もついつられるように自分の右目に触れた。 そこには盛り上がった一本の筋が通っている。 とうの昔にかさぶたさえ取れた古傷だ。 「…大丈夫です。もう一年以上前の怪我で…痛くもないっスから…」 「あら。そう。 でも、そんな跡が残るなんて、結構深い傷だったんじゃない? もしかして、喧嘩とか?」 「…………… 似たようなもんです」 「あらあら。 まあ、男の子だから喧嘩の1つや2つはするわよね。 でも、あんまり無茶しちゃダメよ」 小さい子供を叱るような口調で、おばあさんはそう言った。 そのあとは穏やかに笑う。 俺は『はい』と答えたものの、同じように笑うことは出来なかった。 目の下の傷が、じくじく痛む気がして… ついついうつむいてしまう。 「……おばあちゃん、お花、これでいいかなー?」 そこで、花瓶を持った阪口さんが戻ってきたから、おばあさんとの話はおしまいになった。
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