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阪口さんは、これから外でお母さんと会う用事があるらしく、駅で別れることになった。
おばあさんの入院に必要なものを買い足したあと、お茶したりするらしい。
人気のカフェを予約しているとかで、良かったら俺も、と言われたのだけれど流石に遠慮した。
どう考えても、それは母娘水入らずの方がいい。
「色々ありがとう、大野くん。また月曜日に学校でね」
そう言って、俺とは反対方面の電車に乗り込む阪口さんを、愛おしい気持ちで見送った。
人もまばらな、土曜の昼間の駅。
次の電車の時刻を確認すると、約5分後だった。
ちなみに時計は、午後2時を回ったところ。
(……まだ早いな。このまま帰るか。天満のとこにでも寄ろうかな。
でも、あいつデートかもな、土曜だし)
天満にLINEしようかとスマホを取り出す。
画面に意識がいき、少し周りへの注意が散漫になっていた そのときを狙うかのように
―――誰かが
俺の真後ろに立ち、いきなり首に腕を回してきた。
締めあげるように、身体ごと引き寄せられる。
「―――――!」
咄嗟のことに声も出せず、俺はその腕に捕まった。
何だ!?
誰だ!?
後ろからだったので顔は全く見えないが、太い腕やガッチリした固い身体から、男だということはすぐにわかった。
ちょっとやそっとじゃ、びくともしない力強い腕。
ハッと我に返り、逃れようと暴れる俺を嘲笑うかのように、そいつはクックッと笑い、低い声で話しかけてくる。
「……よー。久しぶりー。
大野聡一郎くーん?」
「……!」
この声は……!
すごい力で押さえつけてくる腕を必死に引き剥がし、かろうじて身体を離す。
反射的に男から距離を取るため後退り、身構えた。
「おー……すっげー。
相変わらず、逃げんのだーけーは、上手いなー…」
また、クックッと愉しそうに笑う。
三日月型に開いた口から、やたら犬歯が目立つ白い歯が覗いた。
声も口も嘲笑っているけど、目は冷たく俺を睨んでいる。
鷹のように鋭く、蛇のように冷たい目。
赤い髪。
変わってない。
こいつは、あのときから全く変わってない。
「……浪江 遠矢(ナミエ・トオヤ)」
自分でつぶやいた名前に、背筋がぞっと寒くなった。
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