大野くんの失敗

10/12
前へ
/373ページ
次へ
阪口さんは、これから外でお母さんと会う用事があるらしく、駅で別れることになった。 おばあさんの入院に必要なものを買い足したあと、お茶したりするらしい。 人気のカフェを予約しているとかで、良かったら俺も、と言われたのだけれど流石に遠慮した。 どう考えても、それは母娘水入らずの方がいい。 「色々ありがとう、大野くん。また月曜日に学校でね」 そう言って、俺とは反対方面の電車に乗り込む阪口さんを、愛おしい気持ちで見送った。 人もまばらな、土曜の昼間の駅。 次の電車の時刻を確認すると、約5分後だった。 ちなみに時計は、午後2時を回ったところ。 (……まだ早いな。このまま帰るか。天満のとこにでも寄ろうかな。 でも、あいつデートかもな、土曜だし) 天満にLINEしようかとスマホを取り出す。 画面に意識がいき、少し周りへの注意が散漫になっていた そのときを狙うかのように ―――誰かが 俺の真後ろに立ち、いきなり首に腕を回してきた。 締めあげるように、身体ごと引き寄せられる。 「―――――!」 咄嗟のことに声も出せず、俺はその腕に捕まった。 何だ!? 誰だ!? 後ろからだったので顔は全く見えないが、太い腕やガッチリした固い身体から、男だということはすぐにわかった。 ちょっとやそっとじゃ、びくともしない力強い腕。 ハッと我に返り、逃れようと暴れる俺を嘲笑うかのように、そいつはクックッと笑い、低い声で話しかけてくる。 「……よー。久しぶりー。 大野聡一郎くーん?」 「……!」 この声は……! すごい力で押さえつけてくる腕を必死に引き剥がし、かろうじて身体を離す。 反射的に男から距離を取るため後退り、身構えた。 「おー……すっげー。 相変わらず、逃げんのだーけーは、上手いなー…」 また、クックッと愉しそうに笑う。 三日月型に開いた口から、やたら犬歯が目立つ白い歯が覗いた。 声も口も嘲笑っているけど、目は冷たく俺を睨んでいる。 鷹のように鋭く、蛇のように冷たい目。 赤い髪。 変わってない。 こいつは、あのときから全く変わってない。 「……浪江 遠矢(ナミエ・トオヤ)」 自分でつぶやいた名前に、背筋がぞっと寒くなった。
/373ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1766人が本棚に入れています
本棚に追加