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「…ふーん…。
オレのこと、ちゃーんと覚えてたわけねー」
浪江は小馬鹿にするようにニヤニヤ笑い、手を叩いた。
その緩慢な動きの中にも、ピリピリとした妙な緊張感が走っている。
あえていうなら、それは闘争心に近いかもしれない。
心臓がドクドク激しい音をたて、俺に警鐘を鳴らす。
―――こいつは、本当にヤバイやつだ、と。
浪江 遠矢。
俺の中学では知らない人間はいなかった。
1学年上のこいつは、教師の手に負えない問題児。
俺みたいに外見だけの不良もどきとは訳が違う。
地元の不良たちを一手にたばね、度々暴力沙汰を起こしていた。
学校に来れば教師に楯突き、教室でまともに授業をうけることなどほとんどなかったと聞く。
…もっとも、ヤツはいわゆる自分と同じタイプにしか手を出すことはなかった。
普通の生徒にとっては、畏怖の念を抱く対象ではあったものの、ある意味無関係の別世界の人間。
みんな浪江のことは見て見ぬふり。関わらないようにして過ごしていた。
浪江自身も、そのことを受け入れていたのだと思う。
――ただ、俺に対してはその限りではなかった。
この見た目と、人付き合いが上手くない性格のせいで、当時から誤解され、様々な噂が絶えなかった俺。
浪江は、そんな俺を周りの不良と同じタイプだと判断したのか、ことあるごとに接触を持ってきた。
でも、俺に浪江と関わる理由も度胸もあるはずがなく
何とか取り繕い、ヤツから逃げる毎日だった。
もっとも、浪江も諦めたりはしなかったが、そうこうしているうちにヤツは中学を卒業し、関係は完全に絶ちきれた。
……はずだったのだ。
あの日のことがあるまでは。
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