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――あ。しまった。
そう思ったときにはもう遅かった。
泡だらけの私の手から滑り落ちるガラスコップ。
まるでスローモーションのように、それが床に打ち付けられる様子がハッキリ見えた。
でも、見えたところでどうしようも出来ない。
次の瞬間には、ガシャンと高い音をたて、コップはバラバラのガラス片となり床に散らばる。
大小いくつもの欠片たちが、キラキラと尖った輝きを見せていた。
「…あ、あ、あ~!」
やっちゃった。
夕飯の洗い物途中のうっかりミス。
食器を落として割るなんて、いつもなら 滅多にしないのに。
「…はあ。駄目だな、今日の私」
水道の蛇口をとめ、身を屈める。
素手のまま破片を拾おうとして、ハッと手を止めた。
…さすがに危ないかな。
ゴム手袋でもしようかと立ち上がったとき、キッチンのドアが開き、のんびりした声が滑り込んできた。
「…亜佳梨(あかり)ちゃん?
おっきい音がしたけど大丈夫? 食器割っちゃったの?」
「…あ、おばあちゃん。
うん。うっかり手を滑らせちゃった。
あの、えと、…ごめんね、すぐに片付けるから…」
「気にしない、気にしない。
それより、怪我しちゃいけないから触っちゃだめ。
待ってるのよ、今、ばーちゃんがほうきとチリ取り持ってくるからね」
様子を見に来てくれたおばあちゃんは、そう言うと、すぐに掃除セットを取りに出ていき、また慌ただしく戻ってきた。
そして、あっという間に破片を全て片付けてしまう。
私はぼんやり見ていただけだ。
「…ご、ごめん、おばあちゃん!
私がしないといけないのに…」
「大丈夫よ、これくらい。
洗い物はまだ残ってる? それも、ばーちゃんがやっちゃうね」
おばあちゃんは、私に割り込むように流しに立ち、洗い物の続きを始めた。
「だ、 駄目だよ、おばあちゃん。それは私の担当だよー…」
「いいから。亜佳梨ちゃんは、休んでて。
今日のあなたには、任せられないわ」
「…え?」
「いつもの何百倍もボーッとしてる。
しかも、…何か悩んでいるみたい」
「…!」
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