大野くんの葛藤

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一気に鼓動が加速し、頭の中が真っ白になる。 思わず、その場で声もなく立ちすくんでしまった。 …まさか、ここで会うなんて。 阪口さんが何時に登校しているかは知らないけれど、少なくとも俺よりはずっと早いはずだ。 こんな遅刻スレスレの時間に下足場にいるとこなんて、見たことがない。 一体、どうして…。 (いやいやいや…! 今はそんなことより、ちゃんと阪口さんと話さないと…) これってチャンスじゃないか。 阪口さんは驚いた顔のまま、俺をじっと見ている。 よほどビックリしたのか、靴を下駄箱にしまう姿勢のまま、固まってしまっているくらいだ。 大きく見開かれた目に、ポカンと開いた口。 …可愛い。 (……って、違うだろ!) 見とれている場合じゃない。 こんなときは、まず、……そう挨拶だ。 ほら。あれだよ。爽やかに笑って『おはよう』だろ。 俺はひきつりそうになる口角を精一杯あげ、笑顔をつくる。 あとは明るい声で…。 「…お…」 「お、おはよう、大野くん! いい天気だね。 そ、それじゃ…!」 …え。 捲し立てるように言うと、阪口さんはガバッと一礼して走り去っていった。 気づけば、その姿はもう見えない。 「…今のって…?」 まるで俺から逃げたみたいだったけど。 ……いや。『みたい』じゃない。 阪口さん、今、俺から逃げたんだ。 「……マジかよ…」 どこかで覚悟していたことだったけれど、実際に態度に出されると想像以上のショックだ。 脱力し、下駄箱に寄りかかってしまう。 「…せめて、少しくらい話させてくれよ…」 ため息まじりのつぶやきを聞いてくれる人はどこにもいない。 そのとき チャイムの音が、やけに遠くから聞こえてきた。
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