阪口さんの戸惑い

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開けた窓から、まだ暑気をはらむ9月の風が入ってくる。 それは、カーテンと私の髪、そして机の上にある日直日誌のページを揺らし、はためかせた。 「わ、わわっ…あっ…うわっぷっ…!」 髪をおさえるべきか、日誌を守るべきか咄嗟に判断出来ず、間抜けな声とともに、一人であたふたしてしまう。 風がやむとともに我に返り、恥ずかしくなって周りを見渡すが、幸いにも誰の姿もない。 あるのは、主不在の机と椅子だけ。 人がいないガランとした空間は、まるで昼間のそれとは別世界のようだ。 ―――放課後の教室。 すでにクラスメイトたちは、帰宅したり、部活に行ったりで出ていってしまっている。 一人残されたのは、日直の私。 いつもなら、部活以外で居残りをすることなんかないんだけど、今日は日誌をつけるのを忘れていたのだ。 仕方ないので放課後の今、もはや1年前くらいにすら思える授業の記憶を、必死に呼び起こしながら書いている。 …はあ。 自分のぼんやり具合がいやになるよ。 「…2時間目…数Ⅰぃ…なにしたっけなあ。寝てた気がするな~…」 集中できず、ごにょごにょ独りごちる。 シャーペンは文字を書くことなく、白いページの上を迷子のように行ったり来たり。 ときどき『記入者:阪口☆』と、自分の名前のところに星やウサギの落書きをして遊んでみたり。 …て、だめだめ。 真面目に書かないと、ますます帰るの遅くなっちゃう。 (わかってるよ~) でも集中できないんだよ~…と、心の中で一人で会話していると。 ――ガラッ… 「…おい。 日誌、終わったのかよ…」 ドアが開いて、男子生徒がひとり、入ってきた。
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