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僕は人生で最高の日、最低の日、「最も」と言えるような日を、これから先の人生を見ずに判断出来るとは考えていなかった。
例えば、宝くじで一等が当たっただとか、借金が億単位で出来たとか、金銭で言えばこれは確かに最高、あるいは最低の日になるのかもしれない。
だが、その後にはもっと良いことや悪いことが起こる可能性はあるのだから、可能性という言葉に縛られていれば、断言はできない。
それでも、僕はこの日が僕の人生の中で最低最悪の日だと確信している。
腰掛けた柔らかいソファは、それでも僕の心を落ち着かせてくれない。辺りでは忙しなく警官が歩き回っている。
胃がキリキリと音を上げているような気がする。鋭くて、離れない痛みがずっと僕の中にある。
「そろそろ、落ち着きましたか?」
「……はい。少しは」
「そうですか。それでは、お兄さんが自殺するような理由はなにか思い当たりますか?」
「……うっ」
「大丈夫ですか!?」
少し前に吐いたのに、まだ胃の中には吐き出すようなものが残っているのだろうか。
せり上がってくるのは、形あるなにかではないのかもしれない。
「……すみません」
「いいや、謝ることではないですよ。こちらも少し配慮が足りませんでした。お話はまた明日お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いえ、大丈夫です……。兄に、自殺する理由はなかったと思います。
僕のせいで兄の時間が少なくて、恋人はいませんでしたし。……そう考えると、僕が原因なのかもしれません」
僕の、僕のせいで兄さんは……?
「あなたとお兄さんとの関係が、どのようなものだったかはわかりません。ですが、これまで長い間一緒に暮らして来たのなら、前触れなく自殺するなんてこと、ないとは思えませんか?」
兄さんは毎日、僕と夜ご飯を食べていた。染みが少しついたテーブルを挟んで、向かい合って。
兄さんはいつも笑っていた。僕が暗い時も、無理矢理明るい雰囲気を作ってくれた。
刑事さんはそんなことを言うけど、今思うと、兄さんはずっと無理をしていたんじゃないだろうか。いや、どうなのだろう。憶測はできても、今の僕には知る由もない。
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