第1章 アルテニアの箱庭

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伸び放題の白髪混じりの隙間から、するどく突出した鉤鼻と深く落ち込んだ窪みの奥で、ギラギラと目が輝いた。 「ほう、うまくかわしたな」 禍々しく裂けた口から、しゃがれ声が漏れた。 驚きもしたが、鬼が人語をしゃべると分かって、少し冷静になれた。 つぎはぎだらけのボロ布をまとった鬼は、自分より背丈が低く、また、痩せこけていた。 「覚悟せぇ」 しゃがれ声が、第二撃をしかけるべく、剣を振り上げた。 大振りの一太刀を、身をひるがえしてかわすと、続けざまに、剣光が横一閃に走った。 連撃をかわしきれず、腕をかすめた剣先が、衣服を切り裂いた。 「クッ!」 刺すような痛みが二の腕に走り、流血が腕を伝った。  死の恐怖を味わい、心臓の鼓動がドクンと、胸を打った。 体勢を崩して、地にひざをつけた瞬間、小柄な赤鬼は、剣先を突きつけ、突進してきた。 やらなければ、やられる! 泉のほとりに突き立った錆びた刀に飛びついた。 振り向きざまに抜き放った刀が、赤鬼の剣を弾き飛ばした。 想像していたよりも、手応えがないと感じた。 やれる! 衝撃で、刀の表面の錆びがはがれ落ちると、鏡のような鋼地が露出した。 刀身まで、錆ついてはいなかった。 間髪入れずに、振り上げた刀を、赤鬼の頭上へと振り降ろした。 「!?」 赤鬼は死を覚悟したかのように、身動きひとつしなかった。 剣先が、乱れ髪の頭をカチ割る寸前、ぼくは、赤鬼の正体に気づき、とっさに刀を引っ込めた。 軌道を反れた剣先が、赤鬼の顔面を真二つに斬り開いた。 「ぐぬっ」 赤鬼のお面が割れ、そこから人の顔が現れた。 意外にも、赤鬼の正体は年老いた女だった。 老女は片膝を地につけ、うなだれた。 「さあ早く、とどめを刺せ」 「何者だ!? どうしてぼくを襲った!?」 剣先を老女に突きつけ、問うた。 「ぼくを殺そうとしておきながら、死にたがっているように見えたのはなぜだ?」 「バカは死ななきゃ直らんというが、やれやれ」 しゃがれ声で低く笑うと、老女は顔をあげた。 年齢は六十を越えたくらいだろうか、深いシワとシミだらけの薄汚れた顔がぼくを見つめた。 しわがれたはずの老女の琥珀色の瞳だけが、曇りのない水晶のように透き通った輝きを保っていた。 ぼくはこの人を知っている? 不思議と懐かしさを覚えた。
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