第1章 アルテニアの箱庭

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「いったい、お前は?」  「……」 老女は無言のうちにゆるりと立ち上がると、踵を返した。 「ついて来な」 老女の後について、林の中の小川沿いの小道を歩いた。 途中、脇の木蔭に椎茸栽培のために組まれた丸太木を見つけた。 ここに、人が住んでいるのか?  ぼくは、ぶつぶつと独り言を云う老女の背中を見て、魔女を連想した。 数分ほどして、林を抜けたその先に小さな沼が現れた。 水車小屋が見えた。小川の水を利用して、水車を回しているのだ。 普通、水車というものは、クルクルと回転するものだが、それは違った。 ギギギ、バタン! ギギギ、バタン!  半回転すると、また元の位置に戻る反復運動を繰り返していた。 歯車がうまく噛み合っていないのだろう。 水車小屋の前で立ち止まったぼくを、置き去りにした老女は、沼のほとりに建つ平屋のログハウスへと姿を消した。 「沼のほとりの、魔女の家」そのフレーズがぴったりの、半分ツタに覆われた古ぼけたログハウスだった。 ログハウスの前には小さな畑と、脇には家畜小屋があり、数羽の放し飼いにした鶏が地面をついばんでいた。 「やはり、あの老女はここに住んでいる」 巨大な六枚の壁に囲まれたこの閉鎖された空間で、まさか人が住んでいるなんて、想像もしていなかった。 老女の後に続いて、ログハウスの中に入ると、その答えが分かった。 部屋の隅に置かれたベッド、壁に吊るされた干し芋や魚の保存食、蔓つるを編んだ籠、暖炉の火にかけられ、蒸気をあげる鉄瓶。 部屋の中央に置かれた丸テーブルの上には、土器製のマグカップと皿にのった一切れのナンと目玉焼き、それに、豆やジャムなどの瓶詰めの容器が並んでいた。 どうやら、朝食の途中だったようだ。 暖炉にくべられた蒔きが、パチンと乾いた音を立てた。 「座れ」 勧められるままに、テーブル席に着くと、老女は背を向けて、棚へと歩み寄った。 また、不意をついて襲って来るかもしれない、いつでも応戦できるよう、刀をテーブルのふちに立てかけた。  
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