第1章 アルテニアの箱庭

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老女は、棚から取り出したコップに、ひと摘みの茶葉を入れると、おもむろに暖炉へと歩み寄った。 火にかけていた鉄瓶を手に取り、熱い湯をコップに注ぎいれた。 「毒なぞ入れとらん。飲め」 目の前に出されたコップから、香ばしい湯気が立ち昇った。 向かいの椅子に座った老女を警戒しつつ、熱いコップの縁に口をつけ、 恐る恐る、茶をすすった。 緑茶でも紅茶でも無い、その不思議な味がする茶は、とても香ばしく、後味はさわやかで美味しかった。 それに、とても懐かしくさえ思え、心が安らいだ。 「……」 老女は、ぼくが茶を飲む間、じっとこちらを観察しているようだった。   茶の味を気に入ったのが分かると、老女は口を開いた。 「カラスエンドウの野草茶さ」 老女の言葉尻が、少し優しくなった。 「カラスエンドウ……」 「そうさ、お前が今朝、目覚めた広場に、自生していただろ?」 その言葉で、ぼくは何をしようとしていたのかを思い出し、立ち上がった。 「教えて下さい、ここはいったい、何処なんです? 出口が見つからないんです! でも、自分がどうやって、ここに来たのか思い出せない。早く家に帰らないと、両親が心配してしまう」 老女の表情が曇った。 「一度に質問するんじゃないよ。あたしが、おしゃべり好きの十八の少女に見えるかい?」 「す、すみません。でも、ぼくは早く家に帰りたいんです」 「……家? それはどこの家のことだい?」 「それは……」 ぼくは青ざめた。 確かに今朝、目が覚めた時には、はっきりと覚えていたのに、自分の家が何処なのかを思い出せなくなっていた。 「えっと、高層ビルが建ち並ぶ大きな都市があって、そうだ、そこから少し離れた郊外にあるマンションだったような」 あやふやな答え方をしたぼくに、老婆が更に問うた。 「両親といったが、名前は? 顔は思い出せるかね?」 「えっ?」 もちろん、思い出せるはずだった。 はずだったが、大きな肩をした男の姿と、髪の長い柔らかい感じのする女性のイメージが浮かんだだけだった。 はっきりとした顔も声も、思い出せない。
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