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ーー「昼」が嫌いだ。
何もかも揃っていて、何も無い。
そんな取り繕ったまばゆい橙色の世界が、嫌いだ。
今日もまた俺はスカイジェットバイクを走らせる。
橙色の昼の世界から逃れるように。
地球上に唯一残った、原初の光が降り注ぐ深青色の「夜」の世界へ向かって。
清らかな月の光が、“もや”のかかった俺の過去を照らし出してくれるような気がするから。
あの感応と官能が、現在の俺を確かに知覚させてくれる気がするからーー
◆
《……キ……ねぇ、ルキ? ヤダ、今もしかして寝てなかった?》
只でさえ貴重な主人の浅い眠りを妨げる不心得なバカバイク。
合成音声とも肉声ともつかない半端な声に揺さぶられて、俺はうっすらと目を開けた。
足下を流れる海面から反射した日光に寝惚け眼を刺されて、俺は思わず視線の逃げ場を正面のスピードメーターに求める。
時速50㎞……法定速度だ。
海面から二メートルの高さを疾駆するジェットバイク“ブリタニカ”はとっくに型落ちしたポンコツだ。
クラシックって程古くないから、レアでもない。
とてもじゃないが女をひっかけられるような代物じゃない。
「ん、あ……や……寝てないけど」
《ウソ。うとうとしてた》
「寝てないってば……」
《もー、ドライブ中に寝るとか最悪》
「……」
五月蝿いな。
水平線の彼方まで海、海、海。
自動運転のオマエにまたがってるだけなんだから、眠くなるのはしょうがないだろ?
口に出せば間違いなく、《じゃあルキがハンドル握って?》だの《スピード出そっ! Brrrrooooon!!》だのとまた騒がしくなるのが目に見えているから、胸の内に留めておく。
マシン搭載型の安っぽいAIの思考なんて手に取るようにわかる。
こちらからのレスポンスが無ければ、どうせコイツは大した事は喋れない。
《ねぇ、ルキ》
……はずなんだけどな。
仕方なく返す。
「なに?」
《…………本当に行くの?》
ーー全く五月蝿いバイク……
前の車検の時に売っ払ってしまうんだったと溜め息をつくと、ブリタニカはすぐに続ける。
《あの「島」はやっぱり……》
わかってる。
オマエが何を言いたいのかもわかる。
心配してくれてるんだろ。
でも大丈夫だ。
「深入りはしないよ。約束する」
自分に言い聞かせるように呟きながら、俺はあの深青色の世界に思いを馳せる。
ブリタニカはそれきり何も言わなかった。
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