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あの「島」。
名前は知らない。
もしかしなくても、本当はちゃんとした名前があるのだろうが、知らなくてもいいことだ。
地図に乗っていない島。
あえて名前をつけるなら……そう、安直だけどこんなのはどうだろうか。
「バベルの島」
ーーうん、痛いな。
それこそクラシックな日本家屋がまばらに点在する寂れた漁村があるだけの島に、そんな大仰な名前は似合わない。
「島」でいい。
俺の興味は、専らあの「島」の“彼女”にあるからだ。
地形学的に見た島など心底どうでもいい。
“最後の審判”を越えたこの暁の時代にあって、夜だけが支配した魔島。
おおよそモラルと呼ぶべき物が通用しない、違法な異邦人達の巣窟。
もし多少なりともモラルや良識という類いのものを持ち合わせた人間ならまず近寄りはしないだろう絶海の孤島に、今まさに接近を試みようとする者がいるのだ。
平和を愛し、秩序に奉仕する者達に見咎められないはずは無かった。
《そこのバイク! ただちに停止するでありマス!! 速やかな停止と、身分証明書の提示を要求するでありマス!!》
ブリタニカの無線を震わせるけたたましいサイレンと、合間に響く少女の声。
停止を求めて懸命に張り上げる声の主は距離こそ遥か後方に位置していたが、こちらを完全に捕捉していた。
《やだ、面倒な奴等に見つかったわね……どっかの海軍の艦艇よ》
「ああクソ……」
こうなってはどうしようもない。
ただ馬鹿正直に真っ直ぐ「島」を目指した俺のミスだ。
《ごめーん……》と沈んだ声のブリタニカのハンドルをぽんぽんと叩いて、 俺は海面に弧を描くようにゆっくりと停止し、後方からいつの間にか迫ってきていた巨大な影を睨んだ。
こっちが素直に従ったのがわかったのか、満足そうに勝ち誇るような声が、あの“艦”の形をした巨大な影から無線で返ってくる。
《観念するでありマス。この海域は日本政府より特別航行禁止海域に指定されているでありマス。許可なき者の航行は固く禁じられているでありマス!》
「日本?」
悲観的な状況にパッと一条の光が差し込んで、俺の顔も思わずパッと輝いた。
どうやら同じことを考えたらしいブリタニカが、嬉しそうに「ブルンブルン!」とエンジンをふかす。
奴等の目ならこっちの表情まで見分けられるだろう。
にやけ顔がばれないように咄嗟に顔を背けたのをいいように解釈したらしい“艦”がまた声をかけてくる。
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