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「えっ……晋兄、誰?」
「舞、態度を改めろ。
今、オレが世話になってるモトさんだ」
そう言うと、その人は湯呑をゆっくりと差し出しながら、
上品に微笑んだ。
「野村望東尼(のむらもとに)。
福岡藩の中村円太さんの縁で、
こうして高杉さんのお世話をさせて頂いています。
遠路、京より高杉さんを訪ねてお疲れ様です」
そう言って迎え入れられたその場所は何だか、
懐かしい感じのする温かい空間だった。
「モトさんは、今やオレたちに取って
母親的存在の人だ。
舞が思っているようなそんな人ではないよ」
庵で暮らす日々は俗世の出来事を全てなかったかのように、
切り離された穏やかな生活。
ゆったりとした時間が流れていく。
「高杉さん、一句書き記しました」
そう言って、私と晋兄が過ごす部屋へ
そっと置いて帰った歌。
晋兄は、その句を手にして
ただ……遠い空を見つめた。
晋兄の手から、
その句を抜き取って私も見つめる。
*
冬ふかき
雪のうちなる梅の花
埋もれながらも
香やは隠るる
*
そう記された歌。
冬の最中の雪の中にある梅の花は
雪に埋れると香りは隠れるのであろうか、
いや決して隠れはしない。
そう言う意味で綴られたであろう歌。
多分、この梅は晋兄の事なんだ。
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