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真っ赤な夕焼け雲が漂う空の下、背広姿の老人が街を彷徨っていた。べつに認知症を患って徘徊しているのではない。時間を持て余し散歩に出るしかやることが見つからないのだ。
設楽重一(したらしげひと)は悩んでいた。貿易会社の専務を定年退職まで勤め、ひとりの男として立派に家族を守り、家族を慈しんできたつもりなのに、今ではどうだ、退職してからのイライラを妻に八つ当たりする毎日を送っている。
当然のことながら、設楽の妻はかれを見ると怯えた顔するようになってしまった。
身から出た錆(さび)とはいえ、それがなんとも寂しい。設楽は自分がまるで怪物になったような気がしていた。
このあいだ、堪忍袋の緒が切れた妻に反撃されて、床に倒されたときの衝撃は大きかった。七歳ほど妻が若いが、これほど体力に差があるとは――とても腕力ではかなわない。
長年のデスクワークが体を蝕み、驚くほど衰えている。
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