プロローグ

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 有能な専務として活躍していたのに、今ではスクラップだ。  (それにしても、妻にあんな粗暴な一面があるとは)  頬についたアザを設楽はさすった。  (もう、おれに愛想が尽きたかもなぁ)  熟年離婚など老いた身には辛すぎる。不安を感じるものの、どうしても自分の暴走が止まらない。  イライラの正体ならわかっている。過去の自分と今の自分とのギャップに苛立つのだ。  郵便ポストを覗いてみて、ふと思う。(今までペコペコしていた連中も、肩書きが外れただけでハガキ一枚よこさない、世の中なんかこんなもんだ)  それは自分ではなく、背後にいる会社に頭を下げていたから――そんな理屈くらいわかっている。わかっているが、なんともやりきれない。    (やめろ、未練たらしい)と、過去にこだわるバカバカしさはわかっているつもりだが、どうしても《おれの人生とは、なんだったのか?》などと思いつめてしまい、お気楽に《これからは第二の人生!》なんてプラス思考になれないでいる。  (なら趣味でも持てばいいのか?)  これまで仕事中心の生活を送ってきたので、設楽には趣味というものがない。  家でゴロゴロしながら読書三昧を楽しもうとしたが、そんな枯れた生活も数日で飽きて、朝になると出勤しているかのように背広姿で家を出て、あてどもなく散歩する毎日だ。
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