第1章

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「ユーモアを身につけるには三つのものが必要だ。つまり、例文、例文、例文の三つだ。ただ見て面白いと思うだけでもいいが、ものにしたければ、何度も繰り返していろいろなパターンを身につけていくことだ。私も何回も繰り返し読み返しているんだ。」 「受験勉強に似ていますね」 「外国語を習得するのに似ているんだ。基本文足す少しの応用だ。言葉を覚えるのがうまい人はユーモアのセンスを身につけるのもうまいはずだ」 「基本文は分かりますが、応用が難しいんじゃないですか?」 「応用にはコツがある」 「コツですか」 「基本文のパターンをずらして使うんだ。『猫に小判』というパターンがあれば、『犬にパソコン』というのもできる。もちろん、『馬の耳に念仏』『豚に真珠』などとも共通するパターンだが、ずらしていけば、その情況に応じて適切な表現ができるのだ。魚が話題になっていれば、『魚にロールスロイス』と言ったら、より臨場感が出てくるだろう」 「基本文をたくさん知っていて、ずらし方のコツを知っていればいいわけですね」 「しゃれた言い回しをいっぱい知っていれば、いつか応用できる時がくる。『日本には日本がない』という言い方を知ったとする。そして、京都に行ったら、ビルばかりなのを嘆いて『京都には京都がない』と言うと気がきいた感じになる。こういう表現は知っているかいないかで大違いになってしまうだろ。面白い文章を見つけたら、アンダーラインを引いて、下に鉛筆で『やった、これは絶対うける、これで笑わせてやるぞ』と書きこむんだ」  私は、苦痛とともに構文集を眺めている。そして、演習として、コントのねたを書き込んでいく。 「君、何も分かっちゃいないじゃないか。これだったら、セミに歴史を教えたほうがいい」 「ところで、先生、ナポレオンが戦ったのは、関が原の戦いですか、それとも、太平洋戦争ですか?」 「違う。ナポレオンはドイツでベルリンの壁を崩したのだ」 「さすがですね、先生。この問題ができたのは、先生と猫だけですよ」 「素晴らしい答えだ。ユーモアは変なことが大切だ。ぜひ、これからも間違った答えを言おうじゃないか。過ちて笑わさざる。これを過ちという。だが、君は私が考えていたよりもだいぶ賢い。まず猫と同じくらい賢い」  私は面白いはずの構文集を見つめながら憂鬱になってきた。 「人を笑わせる人はいつも幸せで楽天家なんでしょうか?」
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