23...惚れた弱み【Side:山端逸樹】

6/6
1807人が本棚に入れています
本棚に追加
/354ページ
 家のドアに手をかけると、俺の帰宅を想定してか、鍵はかかっていなかった。  案外すんなり開いたドアに、少し気が抜ける。 「ただいま」  何となく遠慮がちにそう声を掛けてから、玄関に足を踏み入れる。  ふとそこで、玄関先に、俺のものではない靴がそろえられているのに気付いて、少し頬が緩む。 「……直人?」  玄関のドアが開閉した音で、俺が帰宅したことに気付いてもおかしくないはずなのに、彼が一向に姿を現さないことに、俺はちょっと緊張した。 (……俺、何か怒らせたか?)  咄嗟にそんなことを考えてから、身に覚えがありすぎて戸惑う。思い返せばあれもこれも直人を怒らせる材料になりそうで……。でも決定打は思いつかなくて……。  足音を忍ばせてキッチンを横切った俺は、リビングとの仕切りになっている引き戸をそっと開けた。  部屋の中に電気はついていなくて――でも、窓から差し込むレース越しの薄日で、仄かに室内は明るかった。  その部屋の陽だまりの中、直人はソファに横たわっていた。  それを見た途端、一週間ちょっと前の光景――直人が高熱で倒れたとき――が脳裏を過ぎって、俺は慌てて彼の傍に駆け寄った。  しかし……。  近付いてみれば直人は気持ち良さそうに寝息をたてているだけで。 (寝てるのか……?)  その事実にホッとして力を抜くと、無防備に眠る直人の顔を見詰めた。 「上に何もかけないで寝ちまって……。また風邪がぶり返すぞ」  退院直後の人間が言う台詞じゃないが、そんな風に思ってしまったのも事実だ。  寝室から毛布を取ってきて上にかけてやると、その気配に直人が身じろぐ。  その瞬間、俺の鼻先を直人の吐息が掠めて……俺は思わず動きを止めた。  眼前で、薄く開かれた唇が酷く蠱惑的で――。  俺は吸い寄せられるように直人に口付けた。  そうしながら、手は今かけたばかりの毛布の中に潜り込む。  直人が目を覚ましたら驚くだろうな。  いや、それともやっぱり怒るだろうか?  手に吸い付くような、直人の滑らかな肌の感触を楽しみながら、俺は頭の片隅でそんなことを考えていた。
/354ページ

最初のコメントを投稿しよう!