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「お待たせしました。わぁ、結構足元濡れちゃいましたね。…今度から、先輩の為に大きめの傘でも積んでおこうかな」
「……は?」
車の窓を開け、笑み混じりに言う相原に、釣られるように少し笑ってから。
けれど遅れて言葉の意味を深読みしてしまい、うっかり短い声が漏れる。
そんな深読みなんて、以前ならしなかったことなのに。
まぁでも、まさかそんなはずは、と思い直して、俺は色々と改めるように小さく咳払いを一つした。
「直人!」
その、刹那。
周囲の喧騒に混じって、どこからか聞き覚えのある声が耳に届く。
ぱちりとひとつ瞬いた後、その声を頼りに視線を巡らせると、
「えっ? ……や、山端さん?」
彼を完全に視認するより先に、強い力で手を掴まれて、思わず身体ごと振られてしまう。
しかも見れば彼は傘も持たず、降りしきる雨粒は、あっと言う間に彼の様相を変えていき――。
「ちょ、何でアンタ傘差してねぇんだよ! 濡れてんじゃん!」
なのに、俺が慌てて傘を差しかけようとしても、寧ろそれどころではないとばかりに、彼は即座に俺の手を引いてその場から離れようとする。
それを相原が引き留める。
車の中に置いていたらしい別の傘を差しながら、わざわざ雨の中へと降りたった彼は、
「先輩は俺の車に乗って帰るから大丈夫です」
と、恐らくは気の所為でない微妙に不穏な空気を纏って、笑顔でそう言い切った。
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