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(また、事故、とか……やめろよ、マジで)
考えないようにすればするほど、過日に覚えた嫌な予感が蘇ってくる。
彼とは以前、今日と同じように何の前触れもなく連絡がとれなくなったことがあった。
その時彼は仕事中に事故に遭い、そのまま救急車で運ばれるような事態になっていたのだ。
まぁ、結果的に怪我の方はそう大したことではなかったんだけど――。
それでも、思い返すと背筋にざわりと悪寒が走った。それを頭を振って無理矢理掻き消す。
やがて下宿先に面した通りに差し掛かる。遠目にアパートの敷地が見えてきた。
俺は僅かな期待を込めて目を凝らす。と、一瞬錯覚かと思ったが、
(……って、………あ、の後ろ姿)
そこには確かに、俺がずっと頭に思い描いていた一人の男の姿が――。
「――…っ」
気がつけば無意識にスピードを上げていた。うるさいくらいにマフラーを棚引かせながら、間も無く、彼の背後でブレーキをかけた。
それにやっと気付いたのか、弾かれたように彼が振り返った。
「直人、……」
彼の唇が俺の名を呼ぶ。
しかし俺は嬉しさだか悔しさだかわからない感情に苛まれ、ただ疎ましいように眉を寄せるだけ。言葉はすぐには出なかった。
「すまん、こんな遅れちまって……」
俺は無言で原付のエンジンを切った。そのまま傍らの駐輪場へとそれを突っ込む。メットをシートの中に戻す。そうして、癖のように片手で前髪を軽く掻き混ぜた。
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