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彼の足元へと視線を遣ると、じり、と彼が一歩前に出る。
そこで漸く、俺はまともに彼の顔を見た。
「……連絡ぐらいしろよ。マジ信じらんねー」
安堵より今は怒りの方が強かった。なのに語気はそこまで荒れない。どころか、
「心配、させんな……」
終には掻き消えそうに小さくなってしまう。
思いがけず声が震えていた。悟られたくなくて、口を噤んだ。顔を背けた。
じわりと目頭が熱くなり、込み上げる涙がこぼれないよう必死に堪える。
「……悪かった」
彼は更に距離を削り、静かに告げた。
視界に入った影が動く。頬に彼の手が触れた。指先はひどく冷えていた。
「どうしても、見せたいものがあったんだ」
続けながら、彼は俺の頬を撫でていた。
同じように、その冷たさを確認しているようだった。
俺は僅かに瞑目した。少しずつ、呼吸の仕方を思い出すように。
「せっかく、直人と過ごす初めてのクリスマスだと思ってな」
「だから、その……前も言ったけど、そういう初めての何とかって言い方やめろっての」
俺は溜息混じりに肩を落とした。
やっとどうにか、普段通りに振舞えそうだ。
初めての何とか。そう、彼は以前俺の誕生日の時もそう言う風なことを言っていた。
それがどれだけくすぐったい言葉なのか、彼には自覚がないんだろうか。
まぁ、もともと彼の言動はさっぱり読めないところがあったから、それも今更って話なのかもしれないけど。
思い至ると、諦めたように笑みの呼気が漏れた。
「まぁ、いいや……。で、見せたいものって何」
言ってから、改めて彼の様相に気がついた。くたびれきった風采、憔悴した表情――まるで残業続きの現場からここに直行したかのような。
俺は若干の不安を覚えながら、彼の反応を待った。
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