前編【side:川崎素直】

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 前編【side:川崎素直】

 学生たちが、冬休みと呼ばれる休暇に入る頃、従兄弟の逸樹が泊まりに来た。  名目は、俺の家の近くにある大学の下見らしい。  昔から、年末のこの時期になると宗教に夢中の逸樹の両親は、一人息子を放り出して家を空けることが多かった。  そのたびに、逸樹は大抵彼の母親の妹夫婦――つまりは俺の実家――に預けられていた。  だから、関東と関西……と住んでいる地域が離れていたにも関わらず、俺は八つ年の離れた従兄弟の事を、幼い頃からよく見知っていた。  別段取り立てて仲が良かったわけでもないが、何故かどんなに邪険に扱っても俺の傍を離れなかった逸樹が、可愛くなかったわけじゃない。  寧ろ毎年のようにクリスマス時期に親から放り出される彼を不憫に思っていたりもした。  そんな俺の感情に、うちの両親が気付いていたのかどうかは不明だが、今年は俺が一人暮らしをしているマンションに泊まらせてはどうかという話になったらしい。逸樹の希望する大学が、実家よりも俺のマンションに近かったからだ。  俺が断れば、逸樹は多分、今年もまたうちの実家で過ごすことになったんだろう。  毎年のことともなれば慣れもあるだろうし別に不便はなかろうが、そうするのは何となくたらい回しにしてしまうようで気が引けた。  それで、俺は渋々逸樹を受け入れることにしたのだ。
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