前編【side:川崎素直】

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「逸樹、もう大学の下見には行ったのか?」  仕事を終えて家に戻ると、当然のように大人しくリビングで勉強をしている逸樹が目に入った。  外はクリスマスムード一色で……彼より随分年のいった俺でさえ心が騒ぐと言うのに。  普通、田舎から都会に出てきたら――いくら受験生だと言っても――羽目のひとつやふたつ、外したくなるもんじゃないのか?  そう思った俺は、何となくイライラしてしまう。 「……一応」  親に言われたことは意地でも守る、が信条の彼は、とりあえず昼の間にそれだけは済ませて来たらしい。  外へ出たんなら尚更遊んで来ればいいものを。  そう思ったら、いつもの悪い癖が出た。 「お前、相変わらず変わってないな、そういうトコ」  わざとあからさまに溜め息をつくと、呆れたような視線を彼へ向ける。 「いつまで親の操り人形で居るつもりだ?」  そうしながら告げた言葉は、恐らく逸樹にとって一番グサリとくる言葉。  彼が、いつも心の中で自問し、それでも答えを見出せずにいる難問のはずだ。それをアッサリと他者から突きつけられて、彼は言葉を失った。 「何だ、気にしてたのか」  そうなるのが分かっていながら意地悪をして、俺の目論見通り唇を噛み締めてうつむく逸樹の姿を見て嬉しくなる。  気分を良くした俺が、わざと見せ付けるようにニヤリと笑ってそう告げると、ほんの一瞬、逸樹に睨まれた気がした。  それすらも楽しく思える俺は、どこまでも意地の悪い人間なんだろう。 「だって……俺、まだ、親に養ってもらってる身だし」  それが苦しい言い訳だと自分でも分かっているんだろう。  言っている最中から、俺を見ようとしないのが何よりの証拠だ。 「自分で稼げるようになったら、言いなりになるの、止められるのか?」  揶揄するように更に問いかけると、逸樹は逃げるように隣室に駆け込んだ。次いで中から、カチャリと鍵の掛かる音がする。  その音を聞いて、俺はそれ以上彼を追及するのを止めにした。
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