前編【side:川崎素直】

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 表向きは大手商社に営業マンとして勤めている俺だが、恐らく逸樹にはこうやって株をやっている俺のほうが印象深いだろう。  学生の時分から、ともすれば親の庇護なんて要らないぐらいに稼いでいた俺は、逸樹に対しても羽振りがいいのを隠そうとはしなかった。  社会人になる前から、親に養ってもらわなくても生活できる程度に稼いでいた俺は、それもあって親に対して強気で不遜な態度を取れたんだと思う。  案外さっき逸樹が告げた、「親に養われている身」というのは手枷足枷として有効なものなのかも知れない。  だからだろうか。逸樹が「それって……難しい?」と問いかけてきたとき、彼の真意が手に取るように分かってしまった。  恐らくは逸樹も親に引け目を感じず、対等に物を言ってみたいと思っているんだろう。  そうなれば、今よりはもう少しすんなり親に甘えられるような気がしているのかも知れない。  俺でさえ、逸樹が愛情に飢えているのを感じるというのに、何であいつの親にはそれが分からないんだろうか?  そして、逸樹は何でそんな親の愛情にこだわる必要があるんだ?  そう思ったら、何となく面白くないような気がした。 「俺には簡単だが、お前には無理だな」  腹いせに、わざと彼に視線をくれず冷たくそう突き放すと、視界の端で逸樹が拳にほんの少しだけ力を込めるのが見えた。  大人たちは、余り感情を表に出さない子供だと評する逸樹だが、俺はそうは思わない。  みんな、こいつの押し殺した気持ちに気付けない鈍感な奴ばかりなんだろう。
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