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とは言っても、日頃使わないだけに、うちにはまともな傘が無かった。
唯一使えそうだったのは、以前出先で急を要して買った、小さめのビニール傘一本だけ。
半ば使い捨てとも見えそうな貧相なそれを仕方なく開いて、俺は家を後にした。
普段使いの鞄は斜めがけで、身体には添っている。が、素材が帆布なので防水は宛てにならない。
なので俺はひとまず、届け物の袋だけはできるだけ濡れないようにと、胸の前で抱えて持っていた。
(…あそこ、だったよな)
二十分ほど歩いたところで、漸く目的の工事現場が見えてくる。
微妙に水捌けの追いついていない歩道を歩きながら、俺は雨に霞む視界に目を凝らした。
「……あ」
だけど、その後まもなく、俺は短い声を上げた。
工事現場でよく見かける目隠しのような衝立の隙間から、思い切って中を覗いてみると、
「や、休み…?」
そこには誰の姿も無かったのだ。
「そりゃそうか…こんな天気じゃ……」
どうして気付かなかったんだろう。
この現場はどう見ても吹き曝しなんだから、素人判断でも、悪天候で作業が中止になる可能性なんて、いくらでも考えられたはずだ。
俺は溜息と共に肩を落とした。
視線まで落とすと、びしょ濡れになった足元が目に入る。
ますます気鬱になってきた。
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