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乾いた音をたてて閉ざされたドアを見詰めたまま、思わず俺が呆気にとられてしまうほどに彼女は潔くて。
「素直……兄さん?」
恐る恐る背後から逸樹が声を掛けてくるまで、俺はその場を動けなかった。
「あ、ああ。すまん。何か驚かせちまったな」
言いながら振り返ると、逸樹が酷く怯えたように俺を見詰めていた。
「ごめんなさい。俺のせいで彼女と……」
自覚の有無は知らないが、愛されたい症候群の逸樹は、それが他者であっても人間関係が崩れることを極端に嫌うところがある。
そんな危機に陥ったら、自分の感情や思いを犠牲にしてでも、解決しようとするところがあるほどに。
そういう部分、一貫して事なかれ主義を貫こうとする逸樹に、たまには羽目を外して楽しい思いをさせてやりたかったのに。
どこか本末転倒な展開に、俺は内心溜め息をつく。
麻美なら……一時とはいえ、逸樹に甘い夢を見せてくれたはずだった。
不特定多数の男と恋仲になることを悪びれた風もなくやってのける女だが、一緒に居る間だけは本当に愛されていると思わせてくれる凄い奴だから。
逆に言えばそれだけの関係だと言い切れる、ドライな間柄の女性。
その麻美を見て、どうやら逸樹は勘違いをしたらしい。
気にすることはないのだと告げても、恐らく真面目な逸樹にはこういう関係が理解出来ないだろう。
そう考えたら、思わず苦笑いが浮かんでしまった。
「あいつとはそんなんじゃねぇから安心しろ」
言っても、案の定よく分からないという顔をして俺を見詰める逸樹に、「遊び仲間の一人だ」と説明をしたら、余計に混乱させてしまった。
「でも……」
遊びとか本気とか、恐らく逸樹にはどうでもいいのだ。相手が自分を愛してくれるか否か。彼にとって大切なのはそこなんだから。
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