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「はい、ヤマハ……」
です、と最後まで告げさせず、
「お、いたいた。逸樹か?」
かなり強引に相手が喋り始めた。
その声と態度に、俺はますますゲッソリするのを止められなかった。
親からの電話も面倒だが、こいつに比べりゃ何倍もマシかも。
そんなことを思いながらあからさまに嫌そうな声音で「……何の用だ?」と返す。
電話の相手は俺より八つ年上の、従兄の川崎素直。昔っから何となく彼にだけは頭が上がらなくて……嫌いというわけじゃないけれど苦手な人物の一人であることは確かだった。
「やけに素っ気ない態度だな。お前、いつからそんなに偉そうな口きけるようになったんだ?」
電話口で俺の反応を楽しんでニヤニヤしている素直の顔が目に浮かぶようで、俺は益々不機嫌になる。
「別に……。昔、従順すぎるだの、もっと自分に正直になれだの文句言ったのはアンタだろ」
あの言葉で俺は吹っ切れたのだ。
だからこそ、それに気付かせてくれた彼に頭が上がらないのかもしれない。
「まぁな。――なぁ、ところでお前、当分旅行なんて行く当てないよな?」
旅行、という言葉に身体が一瞬硬直する。
さっき、職場で直人に送った旅行のお伺いメールへ「無理」の二文字で返されてしまったのを思い出したからだ。
「なきゃー悪いかよ」
自然、言葉遣いに棘が出る。
「いやいや。寧ろ大歓迎! ま、それ、聞いて安心したぜ。――じゃーな。おやすみー!」
な、何なんだよ、一体!
要領の全く掴めないチンプンカンプンな電話に、ただただからかわれただけのような気がして、俺はしばしの間、受話器片手に呆然と佇んだ。
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