4...後の祭【Side:三木直人】

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 電話に出た彼は当然のように不機嫌極まりない様子だったけど、それも当然だと思えば言い訳もできない。  彼の置いた沈黙に気圧され、一度は継ぐ予定だった言葉を飲み込みかけたが、 (だからって…この人を置いて他は頼れねーだろ)  俺は改めて覚悟を決めると、訥々(とつとつ)と口を開いた。  悪いけど、今夜からそっちに泊めてほしい。その旨を伝えるべく、電話を握る手に知らず力を込めて――。 「……宏哉?」  途中うっかり手を滑らせるほど、予想以上に緊張した電話を終えて、俺はカラカラと窓を引いて部屋に戻った。  室内に灯りは無く、光源と言えば窓越しの淡い月明かりだけだった。  俺がバルコニーに出る前、宏哉は少々温くてもいいと言って、俺の用意した ジュースを大人しく飲んでいた。  だが、そこに動く人影が今は無い。  名を呼びながら視線を横に流すと、彼はその床に静かに身を横たえていた。 「…な、んだ。寝たのか」  思わず一瞬どきっとしたが、その安らかな寝息を確認すると、途端に安堵の息が漏れる。 「つか、何で床……」  遅れて呟くと、俺はその傍らに静かに身を屈めた。  そして起こさないよう注意しながら、彼の身体を抱き上げる。年齢の割りに少し小柄な宏哉の身体は、それでも思ったよりは重かった。 (そっか、寝てる時って普段より重く感じるんだっけ……?)  ひとまず俺のベッドに横たえ、その無防備な寝顔を何となくじっと眺めてみる。するとそこに、ふと別の男の顔が被って見えた。 (そう言えば……)  あの普段はまるで可愛げのない男も、寝顔だけは平和そうだと感じたことがある。  俺は人知れず込み上げた笑みに肩を揺らしながら、静かにその場を離れた。  宏哉と同様、今度は自分が外泊準備をするために。
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