9...崖っぷち【Side:山端逸樹】

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 扉を薄く開けてリビングを覗いてみればお目当ての直人の姿はなくて――。 (……?)  便所にでも行ったんだろうか?  そう思った俺の耳に、カラカラという音が飛び込んできた。その音に視線を転じれば、バルコニーへと続くサッシ戸を開けて直人が出て行くところだった。 (夜中に何やってんだ?)  まさか俺と同じように直人も眠れないのだろうか?  そう考えると、少しだけ気持ちが軽くなる。 (バルコニーにゃ、あっちからも出られたな)  窓のすぐ傍に素直が置いて行った家庭菜園のキットが入った箱がそのまま放置してあった気がするが、まぁ、何とかなるだろう。  思えばスパロウもある日突然素直が連れてきたんだった。  一旦寝室に戻り、バルコニーに面した窓のほうへ足を向けながら、そんなことを思い出す。 「お前は放っておくと何日も家に帰らないことがあるからな。不規則な生活をしないためにも生き物を育てろ」  確か、そんな言葉と一緒に手乗り文鳥の雛を無理矢理押し付けられたんだっけ。  多分、同じ趣旨でそれより以前に家庭菜園キットを置いて行ったんだろうが、あれは種さえまかなきゃ世話をする必要もないわけで――。  作戦ミスに気付いた素直が次に思いついたのが桜文鳥の雛だったらしい。 (実際、アンタの目論見通りだったな)  スパロウが来てからというもの、俺は飲み明かして家に帰らない、とかいう生活が出来なくなってしまったんだから。
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