10...求めるのは【Side:三木直人】*

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 逸樹さんが距離を削ろうとするたび、俺は怯むように後退った。その背はやがてバルコニーの手摺りに触れて、必然的にそれ以上後がないことを知る。  更に口付けが深くなると、一層押し付けられるように背筋が撓り、されるままに踵が浮く。と、不意にここが三階だと言うことを思い出し、途端にさっと血の気が引いた。 「…んっ…ぁ、落ち、落ちるっ……」  逸樹さんにその気がないにせよ、万が一勢い余って、とか言う事態なったら笑うに笑えない。  俺は必死に腕に力を入れて、辛うじて作った隙に注意を促した。 「落ちねぇよ」  俺の頭の中は、存外パニくっていた。  反して答えた逸樹さんの声は、行動の割に妙に落ち着いている風だった。  そのギャップに閉口し、俺は一瞬抵抗するのも忘れてしまう。 「俺がお前を落とすわけねぇだろ」  聞いてんのかと、再度重ねられた言葉は耳元で囁くように落とされる。  近すぎる距離に吐息が肌を掠め、その熱さは俺の中にも勝手に飛び火した。  でも、それを自覚したからと言って、ここがバルコニーであることには変わりない。いくら部屋の前じゃないとは言え、目が届く範囲のガラス戸の向こうには、宏哉と美咲ちゃんが眠っている。  もし夜中に目が覚めて、俺がいないことに気づき、うっかりカーテンを開けられでもしたら――。 「……っあ、…ぅ」  そんな俺の胸中などお構いなしで、彼は耳元から滑らせた唇を首筋に寄せる。背中を手擦りに押し付けられ、そのつもりもなく天を仰ぐような格好の俺は、なかなか上手くそれを制することもできなかった。
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