キャッチボール

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「お風呂はやっぱり、熱々でぽかぽかする42度がちょうどいいと思うんだけど」 湯気が支配する浴室で、僕は壁の向こうの彼女に意見を投げる。 「甘いわね。熱すぎずぬるすぎず、長時間入浴できる40度がいいの」 僕の言葉を受け取って、彼女は壁の向こうから投げ返した。 「そうかな。40度じゃ、湯船から出た後の寒さは堪らないだろうに」 今度は力加減を変えて、相手の自信を削ごうとひねりを加える。 「42度だと身体が活性化して、お布団で楽しい夢が見れなくなるのよ」 それでも彼女は動じずに、僕への反論も含めて見事に受け返した。 「42度が最適だ」 「40度以外認めません」 互いの顔は見えていないのに、火花だけが真空に飛び散るのを感じる。 「どうしても引かないんだね」 「譲れませんもの」 「この雪女。熱いのが苦手かな」 「何ですって、このラクダさん。さっさとサハラへお還りなさい」 「雪女はお風呂に入らないから、身体は汚いんだね!」 「ラクダはよだればっかり垂らすから、身体は汚いんでしょう!」 しばしの沈黙が続く。 鹿威しの心地よい音が響き、時間はゆっくりと走っていく。 「……この、不潔女」 そう呟いた瞬間、頭にげんこつのような物体が直撃した。 「痛いっ!!せ、石鹸が降ってきたぞ!誰だ石鹸を投げたやつは!?」 「さぁ、どこかの雪女じゃない?」 「なんて暴力的な……わかった。その性格から確信したぞ。お前はやっぱり女じゃなくて男……」 「なんですってぇ!?」 そう言いかけた瞬間、頭にげんこつのような雨が無数に落下し、僕は痛みで涙を落とした。 「痛い!痛い痛い痛い!!冗談!冗談だから何個も石鹸を投げないで!」 必死に頭を隠しながら、僕も石鹸を投げつけて応戦する。 早朝の銭湯、男湯と女湯を通して行われる僕と彼女のやり取りは、今日でもう十二回目となっていた。
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