キャッチボール

3/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「おい、この雪男」 「去勢するわよ童貞さん?」 「雪女、どうしてお前は僕が入る時いつもいるんだ」 「ラクダさん、それは完全にこっちの台詞。どうしてあなたは私のお風呂を覗きたいの?もしかして私に欲情してるの?」 「僕は覗くつもりはないし、それにお前の寂しい胸なんか見たくない」 「……あなた、どうして私が気にしてること知ってるのよ!?」 「胸があるやつとないやつとでは、声に差が出るんだよ。覚えておけ」 「そ、そんなわけ……あっ、わかった。本当は覗いたんでしょ?私の裸覗いてたんでしょこの変態!!私の胸見て笑ってたんでしょこのゲス野郎!!」 再び石鹸が降ってくる。僕はそれをうまくキャッチすると、すべて向こうに投げ返した。 「言いがかりはよせ。君が認めなければ、真実は一生闇の中なんだぞ?それでもいいのかな」 「こ、この変態……痛っ!せ、石鹸投げ返すなこの変態!こ、これ意外と痛い……」 女が頭を抑えている映像が脳裏に浮かぶ。僕はにやりと微笑んだ。 まるで夢の中のような心地よさ。 しかし、そんな僕を現実に戻すように、腕時計のタイマーが狭い浴場に鳴り響いた。 僕は急いで湯船から立ち上がり、彼女もまた立ち上がったのだろう、お湯が滴り落ちる音が同時に響いた。 「もう、時間だな。あっという間だ」 僕は声を投げかける。 「なんだ、もう時間なのね。まだ来て数分も経ってないかと思ってた」 彼女はそれを投げ返す。 「明日は、来る?」 彼女に尋ねてみる。 「難しいわね。明日から出張だから、ここに来る時間はないかも」 彼女は淡々と答えた。 「そっか、それは嬉しいな」 「私もよ。あなたの汚らしい声を聴けなくて、心の底から嬉しいわ」 それから、また少しだけの沈黙。 時間は刻一刻と迫っていく。 僕は、出て行こうとドアを開き、そして躊躇しながらも、壁の向こうへ声を投げかけた。 「帰ってきたら、また来るんだぞ」 ドアをぴしゃりと閉めて、更衣室に逃げ込んでしまう。 ドアの先からは、もう誰もいないことを知らない彼女が、しっかり言葉を返してくれていたのに、僕は受け取ることができなかった。 このくだらない照れ隠しのせいである。 今度はいつ会えるのだろうか。 今度はどんな話をしようか。 顔も知らない彼女とのおしゃべり。 仕事の合間の些細なお楽しみだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!