ロール 【1】 波立つ

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ロール 【1】 波立つ

「はい、では次の方」 ミキシングルームのガラス越しに見えるスタジオ内には、数十人の若者たちがそれぞれ緊張した面持ちで自分の名前が呼ばれる瞬間を待っている。 「はい、じゃあメインの男の子役ね、左端のキミから、順にお願いします」 背の高い細身の青年が、マイク前に進み出る。 手にした台本のコピーに一瞬目を走らせ、セリフを喋る。 「…続けて次、いきましょうか?」 制作助手が、ミキサー氏の隣に陣取る監督に、声をかける。 「うん」 簡潔な返事を受け、スタジオ内の若者たちに指示が出される。 先ほどの青年の隣にいる男の子が、マイク前に進み出る。 そして、また次。 7~8人ほど聞いた後、監督がつぶやく。 「さっきの子、黄色いTシャツの子、もう一度聞きたいな」 黄色いTシャツの小柄な青年の名が呼ばれる。再度自分の名を呼ばれた青年が力強く返事をしてもう一度マイク前に進み出る。 それを見守る他の子たち。自分が残るのか、別の誰かが選ばれるのか、スタジオ内の緊張した空気が、ガラス越しにも伝わってくる。 名もなき新人声優たちの勝負の瞬間を、私はじっと見守る。 「…さん、どうですか?」 ん? あ、私。 「あ、すみません。ええと…そうですね、皆さんそれぞれ味があって…。監督は、どの方が一番イメージに合うと思われますか?」 「ボクは、断然彼だな、黄色いシャツ」 「ああ、やっぱり、彼よかったですよね、主人公らしい強さがあるというか」 もとより異論はない。監督のイメージに合う子がいてよかった。 黙ってオーディションを見守っていた制作会社のプロデューサーが、小声で私に囁く。 「今日のジュニア、そこそこいい感じの子達が来てよかったわ」 「そうですね、皆さんそれぞれ上手ですね」 「まあ下手ではないわね。さほど強い個性があるわけでもないけどね。予算内にはおさまりますよ」 海千山千のベテランプロデューサー女史が低く笑う。 ほんと、すみません、予算少なくて。苦笑いを返して、私はもう一度スタジオ内に目をやる。 やがて主要キャストは大方決まった。 後は、あの役だ。物語の鍵を握る謎の女。 スタジオ内には、オーディションを待つ複数の声優女子だけが残っている。
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