ロール 【1】 波立つ

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自分の声が嫌いだった。 好きだと思ったことは一度もない。 少し、過去の話をしよう。 ここに古いカセットテープがある。 もはやデッキがないので再生不可能だが、まだほんの幼い頃の私が、子ども向け番組で爆発的ヒットを飛ばしたある曲を歌っている録音だ。 まだ甲高い子どもの声で、無邪気に、気持ちよさそうに歌う幼い私。 歌うことは決して嫌いではなかった。 幼い頃はいつも歌っていた、と母に聞いた。 ただ、いつの頃からか、高い声が出なくなった。 中学に入り、友人の誘いでコーラス部に入部したことがあった。 当然のように、振り分けられたのはメゾソプラノ。  高く良く通る声で気持ちよさそうに主旋律を歌うソプラノパートが羨ましかったが、どんなに腹筋運動を頑張っても、高い声は出なかった。 同じ頃、ママさんコーラスのサークルで歌っていた私の母は、美しい声の持ち主だった。 よく通る高い声。 家事をしながら、気持ち良さ良さげに歌う母。 無邪気で頓着しない性質の母だったが、ある時、何気なく歌を口ずさんでいた私に向かって笑いながらこう言った。 「下手くそねぇ」 それ以来、私が人前で歌うことは滅多になくなった。 コーラス部も、辞めた。 幼い頃から絵を書いたり本を読むこと、お話を書くことが好きだった私は、小学生の頃からノートに漫画を描きまくっていたが、この頃からそれが更に加速する。 私は、滅多に口を利かなくなった。ただ、黙々と机に向かっていた。 赤川次郎の推理小説が大ブームを巻き起こしていた頃、今でいうライトノベルのブームに近いが、クラス内でもそれぞれが様々な小説を書いてそれを見せ合いっこするのが流行っていた。私は毎日推理小説や漫画を描き続けた。 私の書く文章は友人たちの間では割と評価が高く、私は書くことが楽しくて楽しくて、授業中にもせっせと執筆を続けたりしていた。
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