第1章

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少し前から、気紛れで餌付けを行っている。穏やかなようでいて、触れようとするものに皆、毛を逆立てる野良猫に、手懐けられる様子はない。最初の夜に意外そうな顔をしたことで、こちらのことをどんな風に思っていたのか知れたので、以後、一切相手に触れないようにしている。最後に触れたのは、いつだったろうか。大雨の降った学校で、自習になった退屈な教室を抜け出して確か、そのまま。途中、教室を出てすぐ側にある非常口の扉外から、子猫の泣き声がするので、内側に入れてやった。猫はその後、誰かが引き取って旭と名づけたと聞いた。濡れそぼった様子に大騒ぎで群がるクラスメイトの輪から外れ、図書室へと向かった。生徒会に所属しているので特権を乱用して、幾つかの教室の合鍵を所持している。奥の部屋の鍵を開けようとして、先客に気づく。相手は古びた応接セットの椅子で目を閉じていた。拒まれたことはない。始めから。以後、一度も。何かを恐れていたのではないか。必要なかったというのに。あの子猫のように声に出して伝えなければ、伝わらないことがある。声にしなくても、伝わることだってある。仕草や態度、眼差しや体温。判断する材料はいくらだって存在する。けれども決して、過信してはならない。用心深く、注意深く。正体が知れない。よく言われるが、必ずしも正しくはない。観察することが重要だ。免許皆伝の域には達していないし、人生の機微を気にする世代でもない。そろそろ伝えるべきだろうか。はてさて、取り敢えず今夜は何を賄おう。
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