序ノ一 弟の件

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 この後の言い訳のことを考えると、一時感じた清々しさなんて、あっという間に水泡に帰した。いや、むしろ水泡なんて、はじめからなかったのでは?  放課後の人のはけた教室。僕と真弓、それから佐鳥の三人は、例の写真を依頼してきた、二年生の先輩が来るのを待っていた。   奇跡というものは、そう簡単に起こるものじゃない。きっと、人間一人に与えられた奇跡には限りがあって、無情にも本人の意図しない形で消化してしまう、なんてことは、よくあることなのかもしれない。そんな奇跡の浪費を、今、僕は体感している。 「いやあ、よくやった。子供の頃から能無しだとばっかり思ってたけど、やればできるもんじゃない」  真弓にバシバシと肩を叩かれる。痛い。っていうか、能無しってなんだよ。  例の写真の話だ。あんなにブレていた写真が、何がどういった不具合が起こったのか、僕の写真部での活動史上のベストショットになってしまっていた。  改めて、撮った画像を眺めてみる。  こちらを見上げる彼女の姿が、画面の中心にはっきりと映し出されていた。額に手をかざしたポージングで、真上からの視点が、体操着姿の彼女の突出したスタイルを引き立てている。見上げたその潤んだ瞳が、なんとも言えない庇護欲を感じさせる。  まさに奇跡の一枚。  ……なのだけれど、今や時代はデジタル。簡単に複製できてしまう世の中なのだ。この一枚から、噂が噂を呼び、これを欲する男子連中が殺到する様が目に浮かぶ。 「で? いくらで売るんだ?」  いつもマイペースな佐鳥も興奮気味に聞いてきた。  依頼者には、画像データを渡す約束をしている。これだけのものが撮れたんだ。きっと相当いい値段で……笑みが漏れる。  そのとき、教室の引き戸が勢いよくガラッと、開かれた。  来た。お待ちしてました。どうぞこちらへ……って、あれ?  何かがおかしい。そこに現れるべきなのは、満面の笑みを浮かべた、依頼主の男子のはずなんだけれど、今、扉を抜けて教室に踏み入って来たのは、どこかで見覚えのある異様に小柄な女子生徒だった。そしてそいつは言い放つ。 「ふふん。皆さんの悪事は、この正義の新聞部員、見取千影がリークさせていただいたっすよ! 全くいつから皆さんはこんな不良になっちゃったんすかねえ」
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